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第四十三話 -闇の奇襲-

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 帝都グランデュールへ向かう途中に、子供達が偶然訪れた廃墟の村。
 そこは、夕刻が訪れようとしているのも拘わらず、どの家々も微かなランプの明かりのみでひっそりと生活している、酷く侘びしい場所であった。
 住民イヤンの話によると、数年前から不死の魔獣達の奇襲に遭っているこの村は、以来帝国の支援も途絶え地図からも姿を消した、まさに“忘れられた村”と化してしまったらしい。
 セイル=フィードに存在している魔獣は、命を絶つと同時に輝く霧へと成り代わり天へ還るのが普遍的とされており、それは遥か昔から幾千にも渡り語り継がれている定説であった。その輝きがあまりに美しいことから、魔獣の願いが成就されたのだと考える人々によって、かつては娯楽として乱狩りが流行していたという言い伝えまで残っているほどである。
 しかし──その定説が今、覆ろうとしている。
 ガイルは、朽ち果てた女性のオブジェに背を預けながら、北方の山々をぼんやりと眺めていた。
(伝承の通り、魔獣達の望みが本当に天に還ることだとしたら、ここを襲った奴らはなぜ……?そう言えばレダから聞いた話だと、黒竜戦争で仕掛けてきた魔族も、奇襲の後に空の彼方へ戻って行ったんだっけ。このセイル=フィードの遥か上空に一体何が有るって言うんだ?そこに……兄貴もいるのかな……)

「ちょっとガイル」
 薄闇の中に佇む少年に声をかけてきたのは、ランタンを片手に不服そうな表情を浮かべているマリンであった。
「本当に、村を襲った魔獣を追い払おうとしてるわけ?イヤンさんの話だと相当な数らしいじゃない。しかも不死身だとか……」
「ああ、確かに難しいかも知れないな。けど──お前は感じないか?」
 ふいに問われたガイルは、そう返すなり口内で短い呪文を唱えると、手の平に小さな炎を作り出した。
「感じる?」
 漠然とした返答に、怪訝な面持ちで聞き返すマリン。ガイルの手の平で燃え盛っていた炎は、彼が拳を握ると同時に、弾けるようにして消えて無くなった。
「シノビの里で蓄えた力だよ。きっと数日間魔力を使っていなかったからだと思う。内から湧き上がるパワーが止められないんだ。今なら……やり遂げられる気がする」
「そ、そう」
 真っ直ぐに前を見据えた真紅の瞳には、揺らぎのない意思が宿る。こうなってしまったら今の彼に説得など無意味である。マリンは肩を落とし大きくため息を吐くと、面を下げたまま視線を泳がせた。
「あんたが困ってる人を放っておけない性格なのは重々承知だけど、あたしは……嫌よ、そんな……おばけと戦うだなんて……」
「おばけ?」
 突然もじもじしながら言葉を濁らせるマリンに、ガイルは目をぱちくりさせた。
「ま……まさか、お前……」
「…………」
 二人の間に奇妙な沈黙が流れる。
 ガイルがその言葉の意味することに気付いたとき、僅かな“間”は、大慌てでイヤンの家から駆け出してきたセレナによって打ち消された。
「二人とも、大変だよ!イヤンさんが……!」

「村を襲った魔獣の気配!?」
「ああ……分かるんだ、俺には……奴等は間違いなく今晩やって来る──……!!」
 只事ではない。テーブルにもたれ項垂れるイヤンを支えながら、子供達は不安げに顔を見合わせた。
 ふと窓の外に目をやると、既に帳が下りた周囲一帯は闇と同化し、セイル=フィードの夜には珍しく、美しき月の女神ルナーの姿さえも見当たらない曇天が広がる。
 停留する暗雲の僅かな切れ目からは、時折地鳴りの如く激しい轟と共に雷光が走り、住民達は皆、彼同様に魔獣の気配を察したのか、昨晩のように唯一の明かりであるランプすら灯さずに、息を殺し閉じ籠ってしまっていた。
 それならば行くしかない──これ以上、犠牲を増やさないためにも。
 三人はピィチにイヤンの付き添いを頼むと、意を決して屋外へと飛び出してゆく。しかし外へ出た途端に、纏わりつく生温い空気が子供達の足をピタリと止めた。
「な、何なの?この悪寒……!!」
「マリン、どうやら巫女のお前が一番“感じやすい”みたいだな。やつらに付け入る隙を与えるなよ!」
「ちょっと待ってよ!“感じやすい”って一体何のこと!?」
「来るよ二人とも!」
 あたふたと狼狽するマリン、そして松明片手に剣を構えるガイルに、セレナが声を掛ける。セレナの合図とほぼ同時に、北方の闇の中に金色の光がゆらゆらと浮かび上がり、それらの群れは何の躊躇いもなく村内に侵入すると、中央広場へ向けてゆっくりと進行してくる。
 松明の明かりによってぼんやりと浮かび上がった影の正体が、子供達の瞳に鮮明に映し出された時、マリンは咄嗟に口元を押さえた。
「なんて酷い姿……」
 彼女の見開かれた目が、悍ましく、哀れな様相の魔獣達を捉える。
 それらは、一見すると犬の様な四肢動物を思わせる成りをしているが、痩せこけた身体を覆う継ぎ接ぎだらけの皮膚は至る箇所が爛れ落ち、機能しているのかすら定かではないハラワタの類が、露になった肋骨の隙間から僅かに見え隠れしている。そして頭部には、獣や別種のモンスターから剥ぎ取られたと思われる面が、マスクの如く無造作に張り付けられ、これ以上は言葉にはできない程の無残な姿を保ちながら、子供達の目の前で静かに歩を止めた。
 不気味な静寂と、一気に辺りを漂う腐臭。
 怯えるマリンにマントの裾を掴まれながら、ガイルは汗ばむ手で剣を握り直す。そんな二人とは対照的に、セレナ何故か冷静だった。恐ろしさとは違った感情──少女の胸を締め付けているのは、惨たらしい姿をした魔獣達への憐みの心だった。

『──グ……ゥ……グオオォーー!!』
「ッ!!」

 沈黙を破り、突如一体の魔獣が地の底から湧き上がるような呻き声を発した。
 脳を直に刺激するその純音に耐え兼ねて、三人は反射的に両耳を塞ぐ。同時に、ガイルが手にしていた松明がどさりと地面に転がり落ちた。その瞬間、時を得た魔獣の群れは、腐臭をまき散らしながら怯む子供達へ一斉に襲い掛かった。
 真っ先に反応したのは、現状を静観していたセレナである。
 彼女は短い呪文の後、例の如く胸の前で手を組むと、ぐっと瞼を閉じた。
『お願い……フェニックス!』
 途端に足元に巨大な緋色の魔法陣が広がり、その中心から炎を纏いし艶やかな巨鳥が姿を現した。
 フェニックスの出現によって、寸でのところで猛襲を免れた子供達。しかし、誰よりも驚き目を見張っていたのは、セレナの護衛を担っていたガイルであった。
 今まで、セレナの召喚魔法には“歌”が必須であった。春風にも似た優しく流れる音色は、対峙する相手に穏やかな気持ちをもたらし、言うなれば召喚に可能な隙を与えていた。だが今回の様に、相手が意思を持たない魔獣の場合はそれが通じず、度々危険な場面に遭遇していたことを、彼はふと思い出したのである。
(まさか……これがコダマの森の修行の成果なのか……?)
 フェニックスが羽ばたく度に、舞い散る火の粉が夜空を染める。村一帯が明るく照らされ、暖かな温もりに包まれる。
 ──息を呑み立ち尽くすガイルとマリン。しばらく上空で留まっていたフェニックスは、召喚主であるセレナの意思に従い標的を定めると、皆が静かに見詰める中で、轟音と共に一気に急降下した。
 宝石の如く煌めく瞳に、おびただしい数の魔獣達が映し出される。そして誰もが息つく間もなく、群れの中心を燃え盛る紅き閃光が貫いた。
「せ、セレナ……」
 炎に呑まれた一角から耳を劈くほどの叫声が響き渡る。その凄まじい威力に、抗う術も無く倒れてゆく相手を前にして、ガイルにある一つの感情が芽生える。
 それは、焦りにも似た、心の乱れ・・・・であった。
「──おいマリン!いつまでぼんやりしてんだよ!?奴らはまだまだ残ってるんだ。セレナにばかり任せていられないからな!俺達も闘うぞ!!」
「なっ、なによ急に!?わかったわよ、やれば良いんでしょ……っ!」
 その言葉の通り、降り注ぐ火の粉を物ともせずに、残る魔獣達は再びじわじわと前進してくる。ざっと数えて二十体前後だろうか。否、暗所に身を潜めている者もいるとすれば、それだけではきかない筈。
 ガイルは体制を整え直すと、継ぎ接ぎだらけの身体を引きずりながら走り寄る相手を真っ直ぐ見据える。そして、群れが一斉に飛び掛かると同時に、腰で構えていた剣を大きく振るった。
『ソードクラッシュ!!』
 刹那、剣先が空間を切り裂き、目にも止まらぬ速さの衝撃波が放たれた。波動に直撃した相手は声を上げる間もなく、勢いよく後方へと吹き飛ばされる。
「…………」
 自身が繰り出した技に圧倒されるガイル。それは、共闘するマリンも同じだった。
『麗蹴連撃!』
 華麗な足技が、三人を囲う複数の魔獣を一気に蹴散らした。
 内から湧き上がる不思議なパワー……ふと、港町シエルでの出来事が脳裏をよぎり握られた拳を見つめると、彼女は迫りくる相手に間髪入れずに素早い攻撃を加える。
 聖獣へ冷静に指示を送るセレナと、苦手な相手へも果敢に立ち向かうマリン。少女達の活躍を目の当たりにして、ガイルも負けじと剣を振るうのだった。

 しばらく続いた攻防の後、ある事に気付いたマリンは、不意に手を止めた。
「ね、ねえ二人とも……さっきから気になってたんだけど、あいつら……どんどん少なくなってない?」
「は……?」
 不死の相手である筈が、明らかに数が減っていることに、薄々疑問を抱き始めていたセレナとガイル。二人の疑心は、彼女の言葉によって確たるものとなった。
 目を凝らすと、残る魔獣達の背部が微かに蠢いているのが見て取れる。明かりの届かない闇の中で、巨大な黒の塊が、ぐねぐね、ぐねぐねと──
「あいつらまさか……倒れた仲間同士で融合してるっていうの……!?」
 マリンの顔面から血の気が引く。
 蒼白の子供達が呆然と見つめる中、頭がおかしくなるほどの苦悶に満ちた呻き声を上げながら、やつらの眼と思しき無数の光が縦横に蠢動しゅんどうする塊の至る所で妖しく輝き、次第に数を増してゆく。
 そして、今まで交戦していた残党の気配が周囲から消えた頃には、どす黒い異形の塊は完全体と成り、三人の前に姿を現したのであった。

『グギ……グ……オオオ……』

 闇から這い出てきたそれは、有ろうことか歪な様相をした“人型”の怪物であった。
 奴は立ち阻む人間の気配を感知したのか、無造作に伸びた四肢でぎこちなく地を進み、三人のもとへにじり寄る。複数の魔獣を結合した巨体には金色の眼が点在し、頭部には牙を備えた赤黒い歯列が見て取れる。
 距離が近付くにつれ強くなる悪臭に、激しく顔をしかめる子供達。しかし彼らは、尻込みながらも不思議と悍ましきその姿から目を逸らせずにいた。
 なぜならそれは、この美しきセイル=フィードで初めて目にすることとなった、あまりにも凄惨であり、グロテスクな姿だったからだ。

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